東日本大地震 「東北・関東大震災」・・part 2 (東京・羽田空港へ急げ・・!)

大変な3月11日が終わり、予断を許さない状況が続くと予想する中での
3月12日(土)のスタートである・・。

心なしか、昨夜はビールの量が少なく、飲もうと思っていても身体が受け付けない・・。結構、心身共に疲れているのが分かるし、これからの事を考えると多少、不安になるのは“私”だけではないはずだ・・。

約束のAM8:00に出発ということだし、それまでに多少の食料や飲み物を買いたしてのスタートとなる。

「地震」が無ければ、素晴らしい天気と“裏磐梯山”の勇壮な冬景色を堪能できたのに・・(>_<)。
とにかく、急がなければならない! PM19:15の福岡行きの出発は待ってはくれないし、空港に行ったとしても乗れないかもしれない。ましてや、途中の道路事情などは、刻々と変化しようものなら大変だ。
もちろん!いっさい観光は取り止めての一般道での東京行きとなった。

「裏磐梯」より「喜多方」を抜け、R118を「南会津」を通り南下し、R121を「田島町」から山王峠を走り、「鬼怒川」を抜け「日光」に入る。ここでPM13:00を過ぎていたので、スーパーで休憩と食料や飲み物を調達して少し息つく。我々のバスは39名程乗っているが、「東武鉄道」が少し動いているらしくここで一つの“決断”をしなければならなくなる・・。このまま「バス」で行っても途中どうなっているか?分からないし、「首都高」の様子も、通行できる「関越道」の様子も状況がどう変わるか?予断を許さないということだ。そうなれば、普通電車しか動いていない「東武鉄道」を使って行くことも選択肢として考えられるという訳だ。でも、この費用は“自腹”で払い、重い荷物を持って人が多く溢れているだろう「東京」の駅を乗り継ぎしなくてはならない・・。結局、「バス」で行ける所まで行って動かなくなった時に、また考えるということで決着が付く・・。

奥日光の山々が“勇気”を貰っているように美しく輝いていた。日光から  R122を通り、「渡良瀬渓谷」の急カーブをスピードに乗ってクリアしていくドライバーを信じて、「足尾銅山跡」を通過して群馬県の「桐生市」に入ってきた横には「赤城山」が大きな裾野を広げて待っていてくれた。もう時間も3時間と少ししか残されていないし、添乗員の乗り遅れたらホテル代は“自腹”という説明が真実味を増す・・。そんな中で「北関東自動車道」の伊勢崎ICより高速道に乗ることが出来、「関越道」にも入ることが出来た!そこからは以外と交通量も少なくピッチを上げて走れた。最後のトイレ休憩を本庄辺りで取って練馬IC経由にて「首都高」に乗る。この間一切の  渋滞無しで、「首都高」に入っても殆どの料金所でも渋滞が無い!そうこうする間に池袋から、芝を通り「レインボーブリッジ」へとスムーズに流れていったのは幸いだった。

昨日から、一切の「携帯電話」のコントロールが効かなくなっているので、久留米からの“メール”や“電話”も着いているのは僅かで、規制が掛かって被災地周辺から発信することが出来なくて不自由をした。唯一、「ソフトバンク」は送信可能で家族との連絡をすることが出来た・・。

予想をしていた、「関越道」から「首都高」への乗り継ぎも渋滞も無く、ましてや「首都高」も、どのエリアに入っても車も少なく“運”がいい!
震災後の「土曜日」ということで企業の休みと「走れないかも?」という憶測などが交通量の軽減に繋がったのかもしれない。ともあれ、予定の時間より早く「羽田空港」に着くことが出来た・・!
手続きをすると“飛行機は飛べる”という!「よかった!」事前の情報によると「空港」はかなり混雑しているということだったので不安だったが、午前中のうちに解消しているらしかった。しかし、「東北行き」の便は予定が付かず、待っている人達は毛布やダンボールなどで包まりながら待機していた。

空港内でやっと“温かい食事”をして一息吐く・・。30分遅れで飛行機が飛んで「福岡」に着く。車を乗り継ぎ、「久留米」の自宅に着いたのがPM  23:00近くになっていた・・。

長い二日間が終わった・・。とにかく「社員全員」が無事に帰ってこられたことで安心はしたが、“史上最大の地震”と言われ、今でも余震が続いているし、“被災者の問題”“原発”の事故も含めて、かなりの時間が必要なことは分かっている!現状を目の当たりにしてなんとしても頑張り貫いていただきたい!遠く九州からではあるが、我々に出来ることは進んでやっていきたいと思う!

「東北」に滞在中、多くの方から「電話」や「メール」での「問い合わせ」「励まし」を頂き有難う御座いました。返信が規制されて思うように返信されずご心配をお掛けいたしましたが、なんとか、社員全員「無事」に帰ってくることが出来ました。
この場をお借りしまして「お礼」を申し上げます・・。しかし、まだ、広い被災地では、多くの“被災者や行方不明者”がおられるとのこと!ましてやその中には、我々のような旅行者も含まれているようです。一刻も早い救援をしていただくことを願うのみです・・。

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